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ドクターデスの遺産映画のモデルの事件は?実在する医師は誰?

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ドクターデスの遺産映画のモデルの事件は?実在する医師は誰?と題してと届けしていきます。

安楽死という手口で130人の患者を死なせた医師”ドクター・デス”を元に製作された映画「ドクター・デスの遺産-BLACK FILE-」。

日本映画化された本編は綾野剛×北川景子W共演で演じる警視庁一課の凄腕捜査班が、ドクターデスの真相や正体を突き止める物語になっています。

あまりにも残忍な事件に、アメリカでも映画化され世界に反響を呼びました。

そこで今回は、ドクターデス遺産映画のモデルとなった事件ついて、実在する医師はどんな人物なのか事件の真相について調査していこうと思います。

ドクターデス遺産映画のあらすじと基本情報

【公開日時】2020年11月13日

【監督】深川栄洋

【脚本】川崎いづみ

【原作】中山七里

【配給】ワーナー・ブラザース映画

【キャスト】

綾野剛(犬養隼人)

北川景子(高千穂明日香)

岡田建史(沢田)

前野朋哉

青山美郷

石黒賢

オフィシャルサイト:http://doctordeathmovie.jp

オフィシャルTwitter:https://twitter.com/doctordeath1113

あらすじ

「苦しむことなく殺してさしあげます。」 

闇サイトにて人を安楽死させる連続殺人犯-ドクター・デス-。

警視庁一課№1コンビの犬養(綾野剛)と高千穂(北川景子)により捜査が始動したものの、安楽死で殺された遺族は犯人に感謝し、真実の証言がもらえずにいました。

捜査が進むにつれ、ドクター・デスは救世主なのか、それとも猟奇的殺人なのか犯人がいかにも正しいような錯覚に陥ってしまいます。

本作は130人の患者を安楽死させた実在する医師をモデルに描かれたクライムサスペンス。

※実際には医師自身の物語ではありません。

生きる権利と死ぬ権利は平等にあると説く連続殺人犯は、ドクターデスを敬愛している人物です。

既に亡くなっているドクターデスの存在を後世に残していくため、遺産として意思を継いで安楽死を手口に連続殺人をする犯人の真相に迫っていくストーリーとなっています。

ドクターデスの遺産映画のモデルの事件は?

ドクターデスはどうして”ドクター・デス”と呼ばれるようになったのでしょうか。

それはこの記事に書いてある事件を知れば皆さんも納得するはずです。

ドクターデスの遺産映画のモデルとなった事件を徹底調査していきます。

ドクターデス 安楽死に推進論

ドクターデスに関する情報を東大クイズ王の伊沢拓司さんが解説してくれました。

動画の解説と共に、モデルとなった事件を知っていきましょう。

まずドクター・デスと呼ばれたのは実在する医師【ジャック・ケヴォーキアン】です。

ドクター・デスの意味は”死の医師”という意味です。

医師という者は人の命を救うはずが、自殺を手助けするようになったのはなぜなのでしょうか。

優秀な学生としてミシガン大学を卒業したドクターデスは、病理担当として勤務していました。

ですが一番熱中していたのは安楽死や自殺幇助をする研究です。

そのうち”人は誰でも死ぬ権利”があるという考えが芽生え、積極的に死ぬことは罪ではないという考えに到達します。

いわゆる”安楽死推進論者”となるのです。

ドクターデス 自作の自殺装置を開発

1989年にドクターデスは、自作の自殺幇助装置を開発。

その装置はギリシャ語で名付けられ「タナトロン(死の機械)」と「マーシトロン(慈悲の機械)」と呼ばれました。

ここからドクターデスは、患者を安楽死をさせることに従事するようになり、自殺願望・安楽死したい患者から依頼を受けていました。

安楽死させた方法とは

患者を安楽死させるには最初にタナトロンを用いります。

患者に付けられた点滴には生理用食塩水

患者が自ら死ぬタイミングを選べるように、スイッチ式で昏睡状態に陥るチオペンタールを投与していきます。

昏睡状態となった患者には最後、塩化カリウムの点滴をし安楽死させたといいます。

この装置によって2人亡くなったことがバレ、医師免許のはく奪が命じられます。

このことで薬が容易に手に入らなくなったドクターデスは、マーシトロンを使い安楽死させるようになります。

マーシトロンは患者に一酸化炭素を吸いこませることで安楽死するシステムなので、薬の必要がありません。

ドクターデス 裁判にかけられる

1994年~97年にかけて、自殺幇助の罪で4回も裁判にかけられることとなったドクターデス。

4回のうち、3回は無罪でしたが1回は”無効審理”=陪審員の間で判断しがたい結果(評決不成立)となりました。

最終的に罪を問われなかったのはドクターデス(ジャック・ケヴォーキアン)の人柄や考えの影響があったのかもしれません。

そんなドクターデスは引き続き人を安楽死させるため、ALS患者を用いて安楽死の様子を記録したのです。

ドクターデス 安楽死の様子をテレビ番組に公開

ALS患者が安楽死している様子を収めたビデオテープを、ドクターデスはCBSテレビ番組【60minutes】に自らの手で送り、テレビ公開をしたのです。

番組放送後直後には、第一級殺人罪で告訴され刑務行きとなりました。

このことを考察すると、ドクターデスは自分のやっていることは正しいことで、みんなに見てほしいという心理で番組公開したと思われます。

ドクターデスの現在は?

2007年で体調不良を起こしたドクターデスは仮釈放。

安楽死推進論者としての意見を消して曲げることなく、安楽死・尊厳死の啓護活動し続け2011年に肝臓疾患の治療のため、入院していたミシガン州の病院で亡くなりました。

この時、ドクターデスは83歳でした。

死ぬまで安楽死・尊厳死は正しいことであることを訴え続けたドクターデスは、自分が死に至るまで130人のも患者に安楽死をさせていた事実がここで明らかになり【死の医師・殺人医師】と呼ばれるようになりました。

ドクターデスの実在する医師は誰?

ドクターデスは上記でも紹介した通り【ジャック・ケヴォーキアン】です。

自作の装置で130人の患者を安楽死・尊厳死させた実在する医師。

一体ジャック・ケヴォーキアン氏はどんな人物だったのでしょうか。

死の医師 ジャック・ケヴォーキアン

【死の医師】と恐れられた”ジャック・ケヴォーキアン”は、1928年アメリカのミシガン州で、アルメニア移民の子供として誕生。

ミシガン大学を卒業後にデトロイトの病院などで病理担当医師として活動し始めます。

1980年から安楽死について研究をし始め、1989年で自作の自殺幇助装置を開発。

合計4回の裁判にかけられたのちに、ALS患者の安楽死を撮ったビデオテープをテレビ番組に送ったのちに1999年4月13日に有罪判決が下されます。

のちに肝臓疾患で83歳で亡くなりました。

経歴だけみると、なんて恐ろしい医師なんだと思いがちですが、実際にジャック・ケヴォーキアンはどんな思いで一生涯をかけて安楽死・尊厳死について考えてきたのでしょうか。

人は誰にでも死ぬ権利がある

ジャック・ケヴォーキアンは1980年代で医師をしながらも、安楽死について研究し始めました。

安楽死とは:死ぬ時期が間近で苦しんでいる患者に対し、苦しみから解放するため殺害すること。

尊厳死とは:治療不可能な病気にかかり、意識がなくなった患者に対し延命治療を中止すること。

(参考:https://www.okayama-u.ac.jp/user/law/up_load_files/freetext/law_course_chart/file/seminar3.pdf)

日本では安楽死や尊厳死に関して今現在も合法化されていません。

例え患者本人が死を望んだとしても殺害したり、自殺幇助をすることは罪に該当してしまうのです。

そんな人間にとって難しい問題について「人は誰にでも死ぬ権利がある」とジャック・ケヴォーキアンは説きました。

介護に苦しんでいる家族を見て安楽死を選択する患者などを見てきたジャック・ケヴォーキアンは、救いの手を差し伸べてあげたいと思ったのかもしれません。

事実、安楽死を遂げた患者の遺族はジャック・ケヴォーキアンに感謝しているほどでした。

患者の意志を尊重をしようとしただけの行動で、ジャック本人も決して罪を犯している訳ではないという気持ちでいたのでしょう。

安楽死・尊厳死については未だに多くの議論があります。

決して一言では表しきれない、人間にとって大きな問題であることには変わりないと言えるかもしれません。

まとめ

ドクターデスの遺産映画のモデルの事件は?実在する医師は誰?と題してお届けしていきました。

ドクターデスの遺産映画のモデルの事件や、実在する医師は誰なのかみていきましたが、想像を絶する事件であったことが理解できたかと思います。

ドクターデス=ジャック・ケヴォーキアンであることが分かった皆さんは、安楽死や尊厳死についてどのような考えが浮かんだでしょうか。

間違いなく難しい問題であることでしょう。

映画のドクターデスの遺産は、どんなジャック・ケヴォーキアンの意志を継いだ犯人が、同じように安楽死を手口に連続殺人を犯していきます。

果たして驚愕のラストはどうなったのか、是非本編で!