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太陽の子映画とドラマの違いどこ?結末あらすじの違いをネタバレ!

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今回は太陽の子映画とドラマの違いどこ?結末あらすじの違いをネタバレ!と題してお届けしていきます。

日本の原子爆弾開発の背景と3人の若者の間で揺れ動く感情と決意を綴った真実に基づく作品”太陽の子(GIFT OF FIRE)”が2021年8月6日に全国公開することが決定しました。

太陽の子映画では、2020年8月放送のNHK同名作のドラマで登場したキャスト出演が決定しましたが、映画とドラマの違いはどこなのか気になるところです。

そこで太陽の子映画とドラマの違いを調査し、ドラマでの結末あらすじネタバレも合わせてみていきましょう。

太陽の子映画とドラマの違いどこ?

2021年8月6日に公開される太陽の子映画と、ドラマの違いを調査していくため、まずは太陽の子についての作品情報を見ていきましょう。

太陽の子はどんな作品?

時代は第二次世界大戦の末期、原子爆弾を開発する研究者とそれに翻弄される若者の心情を描く作品そ、それが”太陽の子”。

NHKドラマとして放送されたのは2020年8月15日(土)この日はちょうど終戦75周年を迎えた「終戦記念日」ということで、国際共同制作されたドラマとして世界中から多くのスタッフが参加したことでも有名です。

そんな太陽の子のシナリオは元は『神の火』というタイトルで執筆されていましたが、太陽の子”と改名し2020年にドラマ化、2021年に映画化されました。

脚本・演出はドラマ・映画共に「セカンドバージン」などの作品を手掛けてきた黒崎博さんです。

そんな黒崎博さんが太陽の子の脚本を手掛けるきっかけとなったのは理由がありました。

10年前の出会い

10年前黒崎博さんはその当時、広島の図書館を訪れていました。

その時手に取った本は”広島県史”で中に収録されていたのは、京都大学で原子物理学を専攻する若き学者の日記でした。

原子爆弾を開発すべきなのかしないべきなのか、苦悩と決断を強いられたあの時代がリアルにつづられていた日記に感銘を受け、黒崎博さんは”この若者たちのことを物語として形にしたい”と思ったことから、太陽の子が作品として世に知れ渡るようになったのです。

太陽の子のモデルとなったのは

太陽の子は実話に基づいた作品です。

そんな太陽の子のモデルとなったのは、原子爆弾開発をしていた『F号研究』です。

日本海軍より依頼を受け開発していたのは京都大学(元:京都帝国大学)の理学部の荒勝文策教授の研究室でした。

そんな核エネルギーを使った爆弾を研究していた中、1945年(昭和20)8月6日にアメリカ軍によって原子爆弾が広島に落とされます。

この時GHQの指示によりサイクロトロンの解体や、研究した資料やノートが没収されてしまったので、日本の原子物理学の研究は大きく後れをとることになってしまうのです。

太陽の子ドラマと映画の違いは

太陽の子のドラマと映画の違いは視点結末にあります。

物語の進行をする登場人物たちはドラマと変わらなく、主人公は”石村修”を最年少で『誰も知らない』で第57回カンヌ国際映画祭・最優秀主演男優賞を受賞した柳楽優弥さんです。

そして修の弟役の裕之は三浦春馬さんが演じ、兄弟が密かに想いを寄せる幼馴染・朝倉世津は有村架純さんが演じます。

では記事後半で、太陽の子の映画・ドラマの結末あらすじと違いをネタバレ調査していきます。

太陽の子映画ドラマ結末あらすじの違いをネタバレ!

太陽の子映画・ドラマのあらすじと、ドラマの最終結末ネタバレ調査していきました。

太陽の子あらすじは?


時代は太平洋戦争末期、石村修(柳楽優弥)は海軍に命じられ、核エネルギーを使った新型爆弾開発を京都帝国大学の物理学研究所で行っていました。

この時いた荒勝文策教授は「人間が核分裂のエネルギーを手にしたら、エネルギー問題は無くなり戦争はなくなる。科学者には世界を変える力がある」と説き開発を推進。

しかし思ったように進まない研究に、若き科学者たちは自分たちが作っている者はエネルギーではなく、兵器ではないかと疑問を持ち始めます。

そんな中、疑問を持たず研究に熱中していたのが修でした。

修は母親と祖母祖父、そして空襲の被害を防ぐために建物疎開で家を失ってしまった幼馴染・朝倉世津(有村架純)と4人で暮らしています。

そこに修の弟の裕之(三浦春馬)が戦地から一時帰宅することになり、久々に再会を果たすのでした。

修・裕之・そして世津の3人で海にいき気分を晴れやかにする中、裕之は再び戦地に帰ることに恐れ入水自殺を図ろうとします。

そこへ修と世津が助け、その夜は3人で戦争が終わった未来の話をするのでした。

裕之が再び戦地へ戻ることになったその時、広島に原子爆弾が落とされたという知らせが届きます。

研究者たちは広島に向かい、焼け野原の姿となってしまった広島を目撃します。

自分たちが作ろうとしていたものはこれなのか?と衝撃を受けるのです。

そんな中、弟の裕之からは特攻隊を志願したため、帰還することはできないという手紙が届きます。

修は京都に原子爆弾が落とされるかもしれないと聞き、様子を見に比叡山に登るのでした。

太陽の子映画・ドラマは同じストーリー構成が同じものになります。

特にドラマでは原子爆弾開発に没頭する主人公の修の姿が中心的に描かれました。

結末ラストでは修の気持ちに変化があったのでしょうか。

そんな太陽の子ドラマでの結末をネタバレ調査していきました。

太陽の子結末ネタバレ

修は京都にもしかしたら原子爆弾が落とされると聞きつけ、母親と節に京都から離れてほしいと頼みます。

「僕は原子物理学者のはしくれとして、比叡山に登って原爆投下の瞬間を見物する」

修はなんと原子爆弾が落とされる瞬間が見たいと言い出したのです。

あまりにも恐ろしい発言をした修に対し母親は”科学者とはそんなに偉いのか”と言われたものの、修の決意は固い物でした。

母「疎開はしない。科学者の息子を持った母親の責任だ」

<世津のナレーション>

「あとの時代のことは分かりません。 私たちはただただ今を一生懸命、生きています。日本は、世界は、どうなっていますか? 平和ですか? 幸せですか?」

ー場面切り替わって現代へー

広島の原爆ドームを背景に、学生服姿の修が訪れていた。

修は空を見上げ太陽を眺めていた。

荒勝教授に影響された修

修は母親に比叡山に登って原子爆弾を見物すると言いましたが、実は荒勝教授の言葉があったからこのような発言をしたようです。

荒勝教授「比叡山の頂上に観測所を作り、写真や計器を使って、あらゆる角度から徹底的に観測してやろう」

研究者として原子爆弾はどういう者か見てやろう!という思考には大抵の人は付いていけないと思います。

ですが修は荒勝教授の発言に賛成をしたのです。

太陽の子ドラマと映画の結末は?

太陽の子ドラマではゾっとするようなラスト結末を迎え、ネット上では”どういう意味なの?”など多くの声が寄せられ波紋を呼びました。

自分が作ったものが何なのか、その真実を知りたいという気持ちはわからなくないですが、一般人では考えられないような恐ろしい行動をした修は、目の前が見えなくなっていたのではないでしょうか。

映画では視点と結末を変えて上映されると公式発表されているので、修・裕之・世津がそれぞれどんな結末を迎えたのか描かれるのではないかと思います。

比叡山で何があったのか、研究者の狂気とも思える発言をした荒勝教授からの視点も見てみたいものです。

まとめ

太陽の子映画とドラマの違いどこ?結末あらすじの違いをネタバレ!と題してお届けしていきました。

太陽の子映画とドラマの違いは視点と結末にあるようです。

あまりにも謎めいた結末で終わった太陽の子ドラマに対し、謎だらけで隙間があった部分を映画で埋めてくれるのではないでしょうか。

決して兵器を作りたかったのではなく、人の役に立つエネルギーを生み出したかった修の本心も明らかになってくるでしょう。